今から9年前、まだ学生だった私の元に、紺色のコルサがやってきました。
それまで、父が7年乗っていたコロナを譲ってもらって乗り回していたのですが、さすがに10年、走行距離8万kmを超えようとしていたコロナにガタがやってきていました。その「ガタ」自体はバッテリーを替えたりすれば何とかなる程度のガタだったのですが、免許を取ってからわずか2年の間に、あちこちの駐車場でぼこぼこと当てまくったコロナの車体は、見るも無残に凹んでいたのです。しかし、学生だったのでお金もなく、「何とかこのままコロナに乗るか、中古の軽でも買うか、はたまた車ナシ生活を受容するか…」と逡巡していたのでした。
そんな時、父が私に「新車を買おう」と告げました。「は?お父さんまた乗り換えるの?(父はコロナを私に譲った後、コロナプレミオを新車で買っていた)」「違う。きくちゃんの乗る車を買ってあげるって言ってるの」と。しかし、父のコンセプトは「日常生活で乗りやすくて安全、しかもトヨタ車限定」だったので、選択は限られていました。父は私の意見もなく、コルサを買うことを決めていました。買ってもらう立場では何も言えないですよね。ただ、車の色だけは自分で決めさせてもらったのです。そのときも、「赤い車は女の子だと思われて、乗っててなめられるからダメ」とか「白は面白くないからダメ」という助言(?)をもらい、結局、綺麗な紺色を選んだのでした。
納車当日。大学からダッシュで家に帰ると、既にコルサがやってきていました。しかし、目を疑う私。「え???何で4ドアなわけ?」「何でって、お父さんやお母さんが乗るにも、お買い物して沢山荷物があるときにも便利でしょう」と父は涼しい顔。「コルサって、4ドアあるんだ…私はてっきりハッチバックが来ると思ってたよ…」「2ドアじゃ、後ろに乗りにくいでしょ」「…そうね」
既にコルサは生産されていませんが、コルサや同型車のターセルは今でもよく見かけます。でも、圧倒的にハッチバックが多いと思います。ハッチバックでこそ、何となく可愛らしい車ですが、4ドアってのはどうしてもオヤジ車を連想させます。とはいえ、コルサに4ドアがないと思っている人は多くて、ある意味では話題性のある車でした。
そんな風に始まった私とコルサの生活。20代まるまるっと、コルサと過ごした9年間。車の運転が好きだった私は、コルサに乗ってあちこちへ出かけてきました。仕事をし始めてからはなかなか休みが取れず、遠出も限られていましたが、それでもあちこちの温泉や京都、大阪まではコルサですっ飛んで行きました。友達だった頃から、ぷくともコルサで出かけて行くことが多くありました。いつも運転は私で、ぷくは助手席。ぷくの言い訳としては「俺にはコルサの運転席が狭いから」「日本車だから」(ぷくは当時右ハンドルだけど外車に乗っていた) まぁ、私は方向音痴なので、ぷくにナビしてもらったら私は運転に集中できる分、ラクなんですけどね。
9年と言っても、所詮は休日しか乗ることができないし、遠乗りなんてごくごくたまにしかできないので、走行距離はちっとも上がっていません。コルサちゃんにも、何の問題もありません。でも、今回ぷくと色々話して、新車を買うことに決めたのでした。明日、新車がやってきます。そして、コルサちゃんは・・・ドナドナになるのです。
人によって車との付き合い方は色々あると思います。私はよく車の中で一人で騒いでいたものでした。怒ったり泣いたりわめいたり頭冷やしたり考え事したり。特に、父が入退院を繰り返している最期の2年間は、車の中で一人悩んでいたものでした。父と母と3人でした最後の旅行となってしまった下呂温泉への1泊旅行も、コルサちゃんあってのものでした。
コルサちゃんのフロントには「おばけのバーバパパ」のぬいぐるみが乗せてあります。そこから、父は私の車のことを「バーバパパ号」と呼びました。(しかも略称:バーバ) 父が自分の車でなくコルサに乗りたい時、「バーバに乗ってもいい?」と聞いてきたものでした。たくさーん、たくさんの想い出を抱えて、バーバパパ号と呼ばれたコルサちゃんが去っていきます。自分の選択ではありますが、やっぱりちょっと寂しいのでした。
父に、「コルサとの9年間をありがとう。明日新車が来て、コルサちゃんが去って行くよ」と話しかけたら、「次も日本車だろうね?」という確認が聞こえてきました。さて、ぷくときくちゃんは何を買ったのか?新車は明日披露します。
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